ブログのご案内
ブログにお越しいただきありがとうございます。
このブログでは、2024年の夏にキリマンジャロ登山に行ってきた管理人がキリマンジャロを登るまでの準備と現地での奮闘を記録したものです。
キリマンジャロ登山は学生時代からの夢で、50歳を過ぎて達成することができました。キリマンジャロの雄大さを感じるだけでなく、現地のガイドやポーターとの交流を通して、世界が広がる思いをしました。計画から2年、あっという間でしたが、とても楽しい経験でした。
旅の準備など全てを克明に書いたものではありませんが、コンテンツを見やすくするために改めてガイダンスとして再構成しました。順番が投稿日とは前後することがありますがご容赦ください。
キリマンジャロ登山に少しでも興味を持って頂けましたら嬉しいです。
- はじまり
- 旅の準備
- 情報収集(レモショルート中心に)
- トレーニング
- キリマンジャロ登頂記
- ンゴロンゴロ自然保全区サファリツアー
- お世話になったツアー会社
- F&K Cultural Tours and Safaris(外部リング)
日本人の奥様とタンザニア人(マサイ族)のご主人が経営する現地ツアー会社。
単身ツアーでも全く心配はありませんでした。オススメです!
- F&K Cultural Tours and Safaris(外部リング)
【編集後記】
2024年12月31日にこのページを書き終えました。なんとか年内に作業を終わらせることができてホッとしています。
サファリツアー後編:出会った動物たち
いよいよクレーター!
サファリツアー2日目。
ンゴロンゴロの外輪山を抜けて、いよいよクレーターに入っていきます。
それまでずっとガスの中を走っていたのですが、実際には雲の中を走っていたのでした。クレーターが見えた時は、思わず「うわ、でかい!」と叫んでしまいました。

ンゴロンゴロで出会った動物たち
ここからは出会った動物たちをギャラリーで紹介します。
動画もいくつか入れてみました。












このあたりから晴れて来ました!



ちなみに、動物名はガイドが教えてくれます。オラは、日本人を相手にすることが多いので、日本語名で教えてくれました。でも、馴染みのない動物の名前は覚えられないので、日本から持っていた『フィールドガイド・アフリカ野生動物』(小倉貫太郎著、講談社ブルーバックス)が役に立ちました。(今は絶版ですが古本で手に入る)

ランチタイム
ンゴロンゴロでは、勝手に外に出られないので、皆同じ場所でランチを取ります。
池のすぐそばで、トイレも設置されていました。



ランチエリア周辺の様子を動画でも載せておきます。
午後に出会った動物たち
ランチを終えて、午後からまたツアー再開です。


野生のライオン!
ここからは、ライオンシリーズ。くつろいでいるところでした。



ライオンの動画も録っておきました。
森の中でサイ、そしてゾウの群れ!
ここからは森に入って行きます。
まずは、サイを発見。サイは、絶滅危惧種とされていて、数が極端に少なく、特別な管理下に置かれているそうです。出会えたのは、1頭だけでしかも遠くからですが、これでも見れたはラッキーでした。

ここからゾウさんシリーズ。間近で見れて迫力満点でした!



少し長いですが、動画を載せておきます。ゾウの群れを間近に見ることができた興奮を感じてもらえると嬉しいです。
グッバイクレーター!
クレーターから外輪山を登って行くところです。右がクレーターですが、途中、ヒヒの群れがいてびっくりしました。
最後に、展望台で記念撮影をしました。
ここはクレーターがよく見えるところで、クレーターのサバンナや森、湖が見ていますね。こんなところで朝から夕方まで動物を追いかけていたなんて、信じられません!

ンゴロンゴロで見ることができたのは、主に以下の動物たちです。
トムソンガゼル
グランドガゼル
シマウマ
ヌー
ハイエナ
バッファロー
イボイノシシ
カバ
サイ
ライオン
ゾウ
ヒヒ
ダチョウ
ペリカン
フラミンゴ
ホオジロカンムリツル
アフリカオオノガン
ンゴロンゴロには、メジャーどころでは、キリン、ヒョウがいないのですが、これだけ生で見るともうお腹いっぱいです(笑)
沢山の野生動物たちに会えて、とっても幸せでした!
そして、グッバイタンザニア!
この日は、カラチのホテルで一泊。
翌日、カラチからアルーシャに戻って、美術館を見て、コーヒー園でランチを取って、キリマンジャロ空港から帰国の途につきました。

[おしまい]
サファリツアー前編:ンゴロンゴロへの道
はじめに
せっかくタンザンニアまで行くのだから、キリマンジャロだけでなく、サファリツアーにいって野生動物を見ておきたい! ということで、ンゴロンゴロ保全地域(Ngorongro Conservation Area)に行って来ました。
「ンゴロンゴロ」といえば、しりとりで「ん」で終わっても切り返せることで覚えたユニークな公園名称ですが、立派な世界遺産です。私の滞在したアルーシャの街からは180km西に行ったところにあり、ランドクルーザーのサファリ専用カーに乗って、2泊3日の小旅行。
登山からの続きで、F&K CULTURAL TOURS AND SAFARISさんにツアーを組んでもらい、ドライバー兼ガイドのオラの案内で、楽しんできました。
前編では、ンゴロンゴロに辿り着くまでの様子を書いています。そんなことより動物の写真が見たいよ、という方は後編をご覧ください。
ンゴロンゴロ保全地域とは
Wikipediaによると、「ンゴロンゴロ」は、マサイ族の言葉で「大きな穴」を意味するそうです。ここは、300万年前に火山の噴火でできたカルデラで、クレーターを囲むカルデラは、東西19キロ、南北16キロに渡ります。ガイドのオラは、阿蘇のカルデラに次いで世界第二大きさだと言ってました。外輪山の高さは標高2,500mくらい、外輪山の中のクレーターは標高1,800mくらいだそうです。その中に数多くの野生動物が暮らしていことに驚きます。
かつては、マサイ族がンゴロンゴロに住んでいたそうですが、今は居住が禁止されて、動物しかいません。
National Park(国立公園)ではなく、Conservation Area(保全地域)という名前がつ蹴られたのは、セレンゲティ国立公園などとは別に、自然保護の目的で、政府が直接管理をする特別地域だからだそうです。
文字の説明よりも、動画を見ると一目瞭然だと思いますので、TBSの番組『世界遺産』の番組紹介を引用しておきます(約1分)。
ツアー行程
2泊3日ではありますが、ンゴロンゴロ保全地域を楽しんだのは、真ん中の1日だけで、後は基本的に移動のみです。日数に余裕があれば、さらに奥地のセレンゲッティ国立公園まで足を伸ばして、ンゴロンゴロには生息していない動物たちを見ることもできますが、ンゴロンゴロを1日ツアーするだけでも、十分に楽しめました。
実際には、こんな行程でした。
1日目:アルーシャからンゴロンゴロ手前のカラチに移動して一泊
2日目:ンゴロンゴロで丸一日サファリツアー、カラチのホテルに移動
3日目:カラチからアルーシャを経由して、キリマンジャロ国際空港へ(帰国)
ンゴロンゴロへの道のり
道中は、タンザニアに来たことを実感するものを多く目にしました。
何よりもまずは、昔ながらの衣類をまとったマサイ族の人たちです。彼らは、家畜の番や現金収入を得るための物品販売で普通に道を歩いているのでした。


マサイ族というと写真のようなイメージを持たれると思いますが、このような暮らしを今も続ける人がいる一方で、街に出て、近代化したマサイ族の人たちもいます。F&Kのスタッフたちも多くはマサイ族だと言っていました。ドライバーのオラもマサイ族です。
さて、ツアー初日のランチは、現地のレストランに連れて行ってもらいました。バナナ園の中を進んで行って、行った先は観光客向けにローカルフードを食べさせてくれるところでした。ランチが20ドル。

ランチメニューをこんな風に紹介してくれました。どれも美味しかったです。
こんな雰囲気の場所でランチを食べました。


ランチを終えてンゴロンゴロ目指して進んでいきます。
途中でヒヒの群れに出会いました。
これぞアフリカの木。バオバブの木です。

また別のバオバブの木。根っこみたいな枝で、神様に逆さまにされた木という伝説があるそうです。星の王子様に登場することでも知られてますね。

この辺りから標高が上がっていきます。マニエラ湖を見渡しています。

ンゴロンゴロ到着!
初日は、ンゴロンゴロ手前のカラチの街で一泊。翌日、ようやくンゴロンゴロに到着しました。
ンゴロンゴロの入り口には、立派なゲートが設置されていました。ここで入場手続きをして(と言ってもすべてガイドがやってくれるのですが)許可証をもらって入場となります。

これが入場証。ガイドが持ち歩くものですが、ちょっとお借りして、記念に写真に収めておきました。1,000タンザニアシリングが50〜60円くらいなので、入場料は5〜6万円/日。1人ツアーには少々きついですが、世界遺産の自然保護区なので、これくらいはしますわな。

ゲートの横にンゴロンゴロの展示室があり、ガイドの入場手続きが終わるまでの間、立ち寄ってみました。ンゴロンゴロの地形やクレーターで見るこことができる動物の解説がありました。こんな感じです。
ゲートをくぐって、いよいよ保全地区に入っていきます。
ガイドが「ようこそ、ンゴロンゴロへ。ここから先は、公式に自然保全区とされているところです」と説明してくました。たまたま、スマホでその様子を動画に録っていたので、アップしておきます。
ここからクレーターまでは、ガスに覆われたデコボコ道を1時間以上の道のりでした。
動物たちとのご対面は後編にて。
[後編に続く]
以上
キリマンジャロ登山の装備(実際編)
ここでは装備に関して、以下の順で書いてみたいと思います。これから登る人の参考になれば幸いです。
- 登山前日の装備チェック
- 装備のリスト
- 実際に経験してみて
登山前日の装備チェック
私が利用したツアー会社(F&K CULTURAL TOURS AND SAFARIS)では、登山前日にブリーフィングと装備チェックがありました。装備のリストは事前にツアー会社からもらっていて、それを元に色々と考えて準備してきたので心配はしていませんでしたが、社長のフレディとガイドのゴッドウィルが、しっかりと見てくれました。
ゴッドウィルはチェックした装備を覚えていて、サミットプッシュはこれを着たらいいなど、登山時にアドバイスもしてくれました。
この写真がチェックのために広げた装備です。装備はOKで、フレディは「君はよく準備された兵士のようだ」と冗談を言っていましたが、1つだけ指摘がありました。
それは、ロールマットで「テント泊でロールマットだけでは体が痛くなるよ」ということで、彼のアドバイスを受け入れて、エアーマットを20ドル/日でレンタルすることにしました。(キリマンジャロ登山では、装備のレンタルが可能)

そんな感じで、登山本番に臨んだわけですが、どんな装備を準備していたか次に書いてみたいと思います。
これが実際の装備リスト
実際にキリマンジャロ登山に持っていた装備を挙げておきます。
小物など含めて持ち物が多いので、大小のスタフ袋に小分けして、スタフ袋に何が入っているかが分かるように、ガムテープでラベルを貼っておきました(私はいつもどの袋に何が入っているか分からなくなるので...)。
⭕️はあってよかったもの、❌は使わなかったもの
◾️外もの
ザック60L、ザックカバー *中身を入れてポーターにザックごと預ける
ザック33L、ザックカバー *自分で担ぐザック
ストック、ストックグローブ
小マット(休憩用)
ウェストポーチ
ボトルホルダー(ザックに取り付ける)
◾️靴など
登山靴
トレランシューズ
サンダル(テント用)⭕️
ゲイター
靴紐予備
*滑り止め(チェンスパ、アイゼン)は持参せずとも大丈夫だった
◾️登山衣類
夏用帽子
埃除けマスク ⭕️
網タイプのアンダーウェア(半袖、長袖)
登山用Tシャツ
登山用ベースウェア(長袖)2枚
登山用ミッドウェア(フリース)
靴下(薄手) 4枚 *1枚はサミットプッシュ用
靴下(厚手) 4枚 *1枚はサミットプッシュ用
登山ズボン
登山タイツ(薄手)
風除けパーカー
レインウェア
折り畳み傘(軽量)❌
◾️サミットプッシュ用登山装備
ニット帽
ゴーグル ❌
ダウンジャケット ⭕️
アウター(冬用ハードシェル)
インナーダウン(防寒着としても使用)*キャンプでしか使わなかった
登山ズボン(冬用)
インナータイツ(厚手)
ダウンズボン
冬用オーバーグローブ ⭕️
手袋(薄手)
手袋(厚手)
◾️テント泊用
シュラフカバー
ロールマット
テントシューズ
エアーピロー ⭕️
ピーボトル
長袖Tシャツ *サミットプッシュでも使用
Tシャツ予備
フリース(テント用) *サミットプッシュでも使用
ニット帽
ネックウォーマー
寝巻きズボン
下着着替え用 3枚
◾️小物
テルモス水筒(大1L、小500mL)
プラスチック水筒(500mL×2個)
お菓子用ボトル(飴を入れて持ち歩くため)
紙地図
コンパス
ヘッドランプ(充電も可能なタイプ)
ヘッドランプ予備電池
温度計
◾️キャンプ用品
箸、スプーン、フォーク
ナイフ
歯ブラシ
電動髭剃り(単三電池は新品)
ハンドクリーム
リップクリーム
日焼け止めクリーム
軍手
ロールペーパー 1巻き
ティッシュ
タオル(速乾性、手拭い)
使い捨てペーパータオル(体拭き用)8日分
袋類
ゴミ袋
◾️食糧・嗜好品
ラーメン(お椀シリーズ)
味噌汁(ドライフード)
お茶、青汁
飴、柿の種
◾️電子機器
充電用バッテリー 10,000mA×4つ(十分足りた)
電源タップ
アップルウォッチ
腕時計(予備)
イヤホン
◾️薬セット
飲み薬(正露丸、セシオン(鎮痛剤))
絆創膏
爪切り、はさみ、ピンセット、耳垢取り
テーピング
ガーゼ
綿棒
カイロ(靴下用2回分)❌
カイロ(手先用2回分)❌
◾️メガネ類
スポーツメガネ、メガネケース
通常メガネ
サングラス
◾️その他
パルスオキシメーター ⭕️
カメラ
フリスビー
ペン
冊子1式(旅行行程、調査資料など)
パスポート、貴重品
実際にキリマンジャロ登山を経験してみて
- サミットプッシュまでは日本の夏〜秋、サミットプッシュは冬装備(雪対策は不要)
- シュラフは”モンベル#0”で全く寒さを感じなかった
- キリマンジャロ特有の埃対策、日焼け止めクリーム、キャンプ地でのサンダルなどあると良い
- キャンプ地では、お湯で体を拭いた後、キャンプ用の衣服に着替えていた
- 15キロまではポーターが持ってくれるので自分用は33リットルザックで5キロくらいを担いでいた(ツアーによっては預けるのは10キロまでのところもあるようです)
- 私は登山中はあまり食べないので、行動食は少なめだが、3食のボリュームは多く、ポップコーンやビスケットなどのおやつも出るので、持参した行動食が足りないということはなかった
以上
レモショルートDay8
ムウェカ・キャンプ(3,100m) 〜 ムウェカ・ゲート(1,630m)
登山8日目(2024/9/2)とうとう最終日
昨晩はぐっすり眠れた。夜中0時過ぎに一度目が覚めたが、その後ハッと起きると5時半。この登山で初めて熟睡した。モーニングコールは7時で、まだたっぷり時間がある。
この登山の振り返りもしていないのに、キリマンジャロ登山を実現して、この先どうするかを考えた。この日の最後に少し書いておく。
山での食事ももう最後だ。朝食は、お粥にパン、ドーナツにパイナップルなど。最後の最後もお粥が出てきたのは、お粥好きを表明したためかな(笑)味わいながら食す。

グッバイ、キリマンジャロ!
下山開始してすぐに振り向くと、キリマンジャロ(キボ峰)が姿を現していた。下界からは雲に隠れて見えないことが多いので、この容姿もこれで見納めだ。本当にいい経験をさせてもらったことに感謝。

3時間で下山できるそうだが、登山証明が順番待ちになるので、早く着いた方がいい、でもゆっくり歩こう、という若干矛盾したことをゴッドウィルが言う。
まぁ下山歩きは得意なほうだ(笑)普段通りで歩けばいいかな。この地帯は、霧が発生しやすく、雨も多いようで、ぬかるんだ箇所もあり、滑りやすいが、ストックは使わずにテンポよく歩いていく。

途中で3パーティくらいと出会ったが、最終日とあって、皆リラックスした雰囲気だった。
ジョルダンが追いついてきた。記念の一枚撮っておく。彼にはあとでこの写真をシェアしておいた。

ゲートが近くなると、車も通れる道になっていた。

キリマンジャロ下山
おお、駐車スペースらしきものが見えてきた! ゴールが近そうだ。

そして、キリマンジャロ最後のゲート、ムウェカ・ゲート!ついに下山!やった!!

下山したら車に乗り込んで、一路、アルーシャへ。とう訳ではなく、登頂届けをして、登頂証明書を発行してもらう事になっている。
それ用の建物の中に入ると受付に2人が座っていて、ここで最後の記帳をした。登録台帳とは別に、サイン帳みたいなものがあったので、ここにも自分の名前と日付を書いておいた。

登頂証明書の発行には30分くらいかかっただろうか。

手続きが終わると、ゴッドウィルがやって来て、迎えの車に移動。ドライバーは初日は違う人で、「コンニチハ!ワタシノナマエハ、オラデス」と日本語で自己紹介した。ドレッドヘアの陽気なタンザニアンだ(オラは、翌日からのサファリツアーのドライバー兼ガイドでもあった)。
最後は「ジャンボー!」で締め
下山ゲートから10分ほど車で移動して、お土産屋の併設された食事エリアへ。

記念にキリマンジャロのルート図の入ったTシャツなど少しだけお土産を買って、食事エリアに移動。
ここで登山クルー6人全員と一緒に昼食。シャンメリで乾杯して、ウィルソンの最後の料理、バナナシチューを味わった。ここで登頂と下山を祝った。シャンパンではなく、シャンメリなのは、事前にアルコールが飲めないと申告していたからだと思う。美酒に良いたかったクルーたちには申し訳ないが、気を遣ってくれてありがとう。
ゴッドウィルから一言求められたので、「30年来の夢が叶ったのは、ほんとに皆のお陰。忘れられない思い出になった。ありがとう」ということを言ったと思う。彼らの目も潤んでいた。
アルーシャに戻る車に乗り込む前に登山クルーたちと記念撮影。あとで一人足りないことに気がついたが、まぁいいか。このあと時間くらいかけてアルーシャのホテルに移動。

左から、エマニュエル、ウィルソン、ゴッドウィル、自分、ジェラディ、ジョルダン
登頂できたのは彼らのおかげだ
次に向けて
実は、最後の夜に夢を見た。
同郷・同学年のある有名人が夢に出て来た。
学校の授業で、彼が先生になって、自分が生徒。内容は覚えていないが、自分にも何かあてた。どうも「やりたいことをやれ!」と言われたようだ。
50代でも、いや、年齢に関係なく、いくつであっても、その気になれば何でもできる。
私の場合は、それがたまたま、キリマンジャロだったに過ぎない。でも何だっていいはずだ。
やりたいこと。自分とって魅力的なこと。もちろん山登りはその1つだ。しかもかなり優先度の高いものとして。となると、次の山は・・・。思い描いたものはあるが、どこに行くはまたの機会とする。
ガイドのゴッドウィルが時々、
"Every single step makes me closer."
と言っていた。
「一歩一歩進むことが、次に繋がる」
という意味で、私のお気に入りのフレーズだ。
登山に限らず、全てに通じることのように思う。

独立峰として世界最高峰のキリマンジャロ・ウフルピーク5,895mに2024/9/1 AM6:20登頂したことを認めると書かれている(名前と年齢は伏せています)
キリマンジャロ国立公園がISO9001認証を取得してることにビックリ!
Speical Thanks:
F&K Clutural Tours and Safaris http://jp.fk-safari.com/index.html
[おしまい]
レモショルートDay7
バラフ・キャンプ(4,673m)〜 ウフル・ピーク(5,895m)〜 バラフ・キャンプ 〜 ムゥエカ・キャンプ(3,100m)
夜中に起きて準備!
23時過ぎにはもう目覚めていた。というか、うつらうつらするも眠れないので、23時には起きたわけだ。自分でもなぜだか分からないが、テントの中の様子を写真に撮る。

朝食(?)として、事前にお願いした通りお粥を出してくれた。ここで再び満を持して登場するのが、日本から持ってきた豆腐の味噌汁である。お粥と味噌汁を食しておけば無敵だ!

この後のサミットプッシュの様子は、実は写真がない。寒さの中、オーバーグローブをつけて登って行ったのと、途中から疲労感もあり、スマホやカメラを取り出す余裕がなかったためだ。文字だけでご勘弁いただきたい。
とても辛かったステラポイントまでの暗闇の中での登り
ガイドのゴッドウィル、自分、サポートのエマニュエルの順番で歩き出す。
自分の荷物はエマニュエルが持ってくれた。そこまでしてくれなくとも、とも思ったが、ここは成功率を上げる方をとる事にして、ありがたく申し出を受け入れる事にした。
真っ暗な中、ヘッドランプを頼りに進んでいく。少しガスがかかっていたが、星はところどころ見えているので、天気はいいようだ。
他のパーティも順次登山開始していて、早いところは23時には出発していた。前の方にヘッドランプの灯りがちらほらチラついてる。自分たちよりも遅く出たパーティも結構あったので、我々は真ん中くらいか。
途中、茂みで用を足していると、日中出会ったOさんが追いついてきた。「体調大丈夫ですか?」と声をかけてくれて、「今のところ大丈夫」と私。「頂上までがんばりましょう!」とOさんは元気そうにそのまま追い越して行った。それぞれのペースで進めば良いので、気にしない気にしない。
ベースキャンプからの登りのイメージは、富士山5合目から山頂までを真夜中に弾丸ツアーするのに似ている。標高差も1,200〜1,300mくらいで距離感は同じだ。そう思うと、日本でやってきた経験がそのまま生きてくるはずだ。
違いは、絶対的な標高だ。ベースキャンプの4,673mから、ウフルピークの5,895mまで行くのだ。必然的に酸素も少なくなる。その違いも大きい。山頂に至っては、地上の半分以下しか酸素がない。ポレポレペースではあっても、その違いが徐々に響いてきた。
思い出せる範囲で書き連ねてみる。
- 登り初めから苦しさなどはないので、普通の呼吸で登っていると、何か少し変だぞと、頭の重さやくらくら感が出てくる。そこで意識呼吸に変える。大きく吐いて吸うを10回くらいやって、マラソンするような呼吸を続けると違和感がなくなった
- マラソンで4時間も5時間も走っているのだから、登山としてこのくらいの時間を歩くことができないわはない。しかし、後半、完全にやられてしまった
- まずは眠気だ。不完全な仮眠を3時間くらいしか取ってないので、当然といえば当然なのだが、日本で登山をする時でも、そういう短時間睡眠での登山は何度もやっている。でもいずれも眠気は来なかった。やはり標高が高くて酸素が少ない、というのは要因としてありそうだ。ゴッドウィルは"Don't sleep."と声をかけてくれる
- そんな中でも、意思の力で登ってやる、という思いだけは貫いた。とにかく足を動かすのだ。遅くても、リズムだけは崩さずに続けるのだ
- そうすると、自然と呼吸が深い上にリズミカルになるので、酸素供給としても十分な量になっていたようだ。結果的に、山頂まで含めて高山病の症状で悩まされることはなかった。低酸素トレーニングルームで身体が慣れていたのも大きいように思った
という感じで、高山病は大丈夫だったのだが、歩けども歩けども、山頂の淵にあたる、ステラポイントが見えてこないのも精神的に辛い。
ゴッドウィルからは、上は見ずに足元だけ見て歩くようにと言われていたが、やっぱり目標物は気になる。進んでも進んでも、先を行くヘッドランプが途切れない。途中で止まっている人も何人もいたように思う。
一体この登りはいつまで続くのだ・・・。
ゴッドウィルには、”I'm tired." と思わず言ってしまった。空荷なのに身体も少しふらついていて、よろける度に後ろで、エマニュエルが支えてくれている。
ちょっと待ってくれ。登山でこんなに疲労したことはかつてあっただろうか。
これは人生で最もつらい登りではないか・・・。
それはどうでもいい、とにかくロボットのように足を動かすのだ・・・。
とにかく前に前に・・・。
ふと、ヘッドランプ行列が見えなくなるところにやってきた。
あれ、ここはもしかして・・・。
ステラポイント到着、だが元気がない
ふらふらになりながら、5:30頃にステラポイント(5,756m)にたどり着いた。
あたりはまだ真っ暗で、山頂の縁にたどり着いた実感がない。ステラポイントは思ったよりも簡素ところだった。疲れていたので、しばらく休みたかったが、ジンジャーティーを飲んだところで、ゴッドウィルが「あそこがウフルピークだ。行きたいよね?」と聞いてきた。「もちろん」と応えると、ここで長く休むのは良くないと、すぐに歩き始めた。
さすがに疲労できつかったが、ここまで来たからには、あとはウフルピークだけなのだ。これだけなら大した行程ではないが、ここに至るまでに散々体力を吸い取られた身にはつらい。ただただ、精神力だけで歩いていた気がする。
だんだんと明るくなってきて景色はわかるようになった。すごい所を歩いているのはわかる。
途中ですれ違う人が、"Congrats!!" といっているは分かっているのだが、それに応える気力がない。でも歩く。
ゴッドウィルに、山頂の標識はどこか?と聞くと、"Trust me."とだけ帰ってきた。
アフリカ大陸最高峰、キリマンジャロ・ウフルピーク登頂!!!
6:20頃山頂到達。ゴッドウィルとエマニュエルが、祝福のハグをしてきた。
「ついにここに来たのだ!」という思いよりも、「もうこれ以上高いところまで歩かなくていいのだ」という、安堵の思いのほうが強かった気がする。山でこんな思いをしたのは初めだ。
絶妙に日の出のタイミングに間に合い、写真待ちの間にウフルピークからの写真も撮っておく。エマニュエルに写真を撮ってと渡したカメラでも素晴らしい景色が写っていた。

とはいえ、ここはアフリカ大陸最高峰。夢にまで見たウフルピークだ。
だんだんと喜びの気持ちが湧いてきた。山頂の標識の前では、満面の笑顔になっている自分がいた。




日本人のOさんにも再会し、握手を交わして、ジャパンチームとして2人の写真を撮る。ここにアップするのは控えるが、私にとっては思い出の一枚になっている。
山頂での感動を動画に残しておきたくて、自分で解説を入れようとすると、急にグッと込み上げてくるものがあった。危ない、危ない。ここにアップしたのはテイク2のもの。ゴッドウィルはこんなところでも「そんなの関係ねぇ」を繰り出していた。
ここからは山頂からの写真をギャラリーで。
氷河も映っているが、よく言われているように、随分と小さくなってしまっている。







下山の時はすっかり明るくなったステラポイント。写真には映っていないがこの右奥がウフルピーク。

ウフルピークはここから40分ほど登ったところだが、ここまで登れば登頂したことが認められる
ウフルピークからベースキャンプへ下山
ステラポイントからは、下山道を下っていくようになっていた。
富士山の砂走りと同じような感じだ。砂地を走るように降りて、8時頃にバラフ・キャンプに到着。登りであれだけ時間がかかったのが、下りは1時間半くらいで下山。これも富士山に似ているといえば似ている。

バラフ・キャンプでは、冷たいマンゴージュースを出してくれて、登山クルーたちが、皆で祝福の歌を歌ってくれた。山頂でも涙が出なかったのに、この時ばかりは、「ありがとう!30年越しの夢が叶ったよ!」とお礼を言うと、急に涙が込み上げてきた。
そうなのだ。本当に、いつか登りたいとおもった山、キリマンジャロに登ったのだ。
彼らにも伝えたが、正真正銘 "Unforgetablle"。一生モノの思い出になったのだ。
ムウェカ・キャンプへの移動
バラフキャンプで1時間半の休憩。少し眠ったが、ここからまた歩かねばならない。
これもまた気持ちを切り替えるとともに、疲労感と寝不足がある中で、再び3〜4時間歩かねばならないということで、今日の第二の核心でもある。
最後に、バラフ・キャンプのゲートで写真を撮って、キリマンジャロを後にする。

ムウェカキャンプまでは長い道のりだった。バラフキャンプの4,600mから3,100mくらいまで字標高を下げるのだ。

途中でミレニアム・キャンプ(ハイ・キャンプ)を通過。ここで一泊するツアーもある。

標高を下げるにつれて、植生も豊かになってきた。ずっと岩場の高所にいたので、懐かしい感じがする。

最後のキャンプ地ムゥエカ・キャンプ
ムウェカゲートで記帳しようとすると、台帳を使い切ってしまって、入山証明だけでよいと。ゴッドウィルに頼まれて、ザックから取り出す。ゴッドウィルによると、我々が2番乗りだったそうである。キリマンジャロアタックをして、バラフキャンプに戻って、そんなにすぐには下山できないよ、というのが人情というものだろう。本当に今日はよく歩いた。

時間があったので、テントサイトを動画に録っておく。このキャンプは下山道の両脇に作られていて、縦長になっている。まだ登山クルーしかいないところが殆どだが、皆最終キャンプとあって、どこか気持ちが軽くなっているように感じた。
テント周辺では、クルーたちがまだ仕事が始まる前で、各自リラックスしていた。そこに日本から持って来たキャンディーをあげてみる。喜ばれたようだ。
ゴッドウィルのリクエストで「ゾウさんの歌」を録画。3人の子供に聞かせるという。あんなのでよかったのかな(笑)
ジョルダンにフリスビーが欲しかったらあげるよというと喜んでいた。
今日はもう血中酸素濃度や水の摂取量を気にしなくていいと思うと嬉しい。夜中に変なうなされ方もしないだろう。因みに、意識呼吸なしで測定してみたら91%だった。

夕食を腹一杯食べて、今日はぐっすり眠りにつく。
明日はいよいよ下山、最終日か。早いものだ。
[レモショルートDay8に続く]
banak.hatenablog.com
レモショルートDay6
カランガ・キャンプ(4,033m)〜 バラフ・キャンプ(4,673m)
登山6日目(2024/8/31)朝起きると喉が不調
昨晩は、喉がザラザラした感じがあって、夜中にジンジャーティーや飴で何とか回復をと思ったのだが、朝になってもあまり変わっていない。体調が悪いわけではないので、風邪でないようだ。キリマンジャロ登山は粒子の小さい砂埃が多いので、それを吸ったせいかもしれない。であれば、大して心配する事はないはずだ。時間は前後するが、大事をとって、出発前にゴッドウィルに相談して、痛み止めの薬を飲んでおいた。ゴッドウィルは、キリマンジャロではよくあること、と言っていた。
朝6:25頃に、ジョルダンよりも先にウィルソンがやって来て、お湯とジンジャーティーのボトル、カップ、レモンの入ったボールを取りに来た。”Good morning! How are you? Did you sleep well?” のお決まりの挨拶だが、これで相手の調子を知るのだと思った。
バラフ・キャンプに向けて出発
今日は日中の行程が短いので、いつもより遅めに8:30頃出発。
昨日はカランガ・キャンプに着いて、お決まりのゲートでの写真を撮っていなかったので、朝写真を撮っておく。今更ではあるが、喉を守るための埃除け対策をしっかりしておく。

バラフ・キャンプまでは3時間もかからない行程だ。むしろ、短い移動で体力を温存して、ベースキャンプとなるバラフ・キャンプで体を休めて、夜中に山頂アタック(サミットプッシュ)をするのだ。そう思うと、もう今晩には山頂を目指すわけで、早くもこの日が来たのだ。これから、4,673mまで高度を上げることもあり、ゴッドウィルには、サミットプッシュと同じポレポレペースで、とお願いして出発する。









バラフ・キャンプまでは、始め登って、並行移動して、また登る。最後の登りは大したことないと思っていたら、壁を乗り越えてからもまだあり、きつく感じた。
途中で日本人に初めて会った。マチャメルートで7日間のツアーで登ってきたという30代のOさん。久しぶりに日本語をたっぷり話して、気持ちも少し楽になった。お互い体調を確認し合ったのだが、Oさんは、マチャメルートで3日目の夜に気持ちが悪くなって吐いたそうで、それからダイアモックス(高山病に効く薬)を飲んだら、翌朝からすっかり体調が良くなったという。ダイアモックスはそんなに効くのかと驚いた。
彼のほうも日本人がいないか確認しながら登っていたところ、台帳に漢字でサインを書いていた人がいることで、どこかで会えるかも思ったそうだ。漢字で書いたのは自分で、作戦成功だ。昨日のカランガ・キャンプで、レスキュヘリのすぐそばがテントだったんです、と言っていたので、そんなに離れたところではなかったのだが、お互いここで初めて顔を合わせたのだった。彼の方がペース良く進んでいたので、「では、頂上で会いましょう!」とお互い誓って、先に言ってもらった。
バラフ・キャンプ(ベースキャプ)到着
きつい急坂を登りきって、ようやくバラフ・キャンプに到着。すでに多くのテントが設営してあり、登山客も徐々に到着している感じだった。


ここでも動画を録っておく。キャンプの雰囲気が伝わっていると良いのだが。
くつろぎタイム
テントに入ってしばらくして、ゴッドウィルがこの後の予定を説明。といっても「ゆっくりして夕食を6時にするか?6時半にするか?」というくらいだ。早めに食べておく方がいいと思い、夕食は6時にしてもらった。
ゴッドウィルに聞かれて気がついたのだが、喉のイガイガした痛みは無くなっていた。今日は、一日中バラクラバをつけて歩いたのが良かったのか、薬が効いたのか。しかし、鼻水は治らない。余談だが、ロールペーパーが少なくなって来ていて、鼻をかんだペーパーを後でトイレ用にするという必殺技を編み出した。
ランチをゆっくり食べる。ウィルソンが、様子を見に来た。「胃は大丈夫か?」と気にしてくれる。「もうすっかり大丈夫。ありがとう」とお礼を言う。ランチはキッシュのようなものとトマトサラダだった。食欲はあるので、しっかりと食べておく。

バラフ・キャンプからは、キリマンジャロの3つの峰の1つであるマウェンジ峰がよく見えた。

横たわってaudible を聞いたり、Kindleを読んだりして過ごす。Kindleは、過去にキリマンジャロを登った人の登山記を再読していたのだが、マチャメルートを登るもので、途中から行程が重なるので、自分の経験とも重ね合わせて、そうか、ここで苦労したんだ、そうだよなと共感するところが多い。山頂アタックは辛いものだから、最初から辛いと思って行くのがいいと書かれて、なるほどと励まされた。
高山病にならないために
標高が高いので、テントでも血中酸素濃度が落ちないように心がけた。何も意識せずに、例えばKindleを読んだ後などに測ると76%まで落ちていた。これを呼吸法で90%以上に引き上げる。この高度でも93%まではいけた。
ちなみに自分の方法は、最初の5回は履くことを意識して、それからは口で大きく呼吸をするのを繰り返すというもの。安静時(登ってない時)はこの方法でOKだった。登っている時は、前に書いた通りで、息が上がってくるので、それに合わせて吸う方よりも吐く方をしっかり吐いて、呼吸を大きくする。こうすることで、フラフラ感を感じたとしても、それを解消することができた。
フラフラ感を感じたら意識呼吸をする、というのを代々木の三浦ドルフィンズの低酸素トレーニングで身に付けたのだった。
ここで日本食の出番!
ここで日本から持ってきたお椀シリーズの味噌ラーメンを食す。やはり慣れた日本食は安心する。ネットのブログ記事を読むと、ウフルピークのアタック前にどん兵衛を食べると縁起が良い、という記録をいくつか見かけたが、一番食べたいものを食べるのがいいに決まっていると勝手に決めて、カップヌードルの味噌ラーメンにした。さて、結果はいかに?
記念として、日本から持ってきた食品の残りと一緒に写真に記録しておく。

外に出ると、絶景が広がっていた。



そして、今晩真夜中からアタックをかけるキボ峰。楽しみだ!

サミットプッシュの準備は腹ごしらえから
今晩のアタックに向けて、最後の食事となる夕食。ベースキャンプでの食事は高山病であまり食べられなかった、と言う記録を見かけたが、呼吸法が効いたこともあり、自分は大丈夫だった。グリーンピースご飯とスープを美味しく食べることができた。
ただし、味噌ラーメンを食べた後だったので、2/3くらい食べたところでお腹いっぱいになり、あとはジョルダンに食べていいよと譲った。いずれにしても、栄養をとって力をつけることができたので準備としてはOKだ。

食事を終えていつものヘルスチェックをした後、ゴッドウィルがやってきて、明日にサミットプッシュ向けてのブリーフィング。出発に向けての予定は以下の通り。
23:20 モーニングコール
23:30 朝食(お粥とお茶)
24:00 出発
出発前の朝食(?)は何を食べたいかウィルソンに聞かれて、お粥をリクエストしていた。消化はいいし、これまでも体調が良くない時もお粥に救われたので、実績もある。
明日着て行くウェアも確認があった。ゴッドウィルのアドバイスで、最初から上下ともダウン、ハードシェルは寒くなったら着る、という作戦で行くことにした。気温が低いので、スマホとカメラは胸に包んで入れておくようにとも。
そして、アタックは、エマニュエルがサポートするという。
もう19時前でこれから眠れるわけでもないが、23:30まであまり寝る時間がない中での出発は、むしろ寝ないほうがいいとも決めていた。日本でもこのような睡眠時間の少ない中での登山をあえてやっていたので、大丈夫のはずと自分に言い聞かせる。
そして、シュラフに入る前にこんなメモを書いておいた。
山頂アタック前のメモ(実際にテントで書いたもの)
・絶対に諦めない
・体の変調は出て当たり前、それに怯まない
・呼吸法を最後まで信じる
・6,000mまでトレーニングしたんだ絶対大丈夫
[レモショルートDay7に続く]